さて、前回までは主に体の外に発揮される力についてお話してきました。
今回は体の中で起こっている力について少し考えてみることにしましょう。

まずは前回お約束した介助者の姿勢についてです。
上体を前傾させると腰やお尻に負担がかかることは皆さんも経験的に良くご存じでしょう。では実際に体の内部(第3腰椎)でどの位負担が増えるのかをザッと計算してみましょう。
次の図は腰椎を横から見たものです。
腰椎の構造1

腰が曲がる(“屈曲する”と言います)のを防ぐためのテコのアームとなるのが棘突起と呼ばれる長い突起で、テコの支点となるのは第3腰椎の直ぐ下にある椎間板の中心近くにある髄核(上図赤●)と言われる部分です。
支点から棘突起の先端までの長さは約5.4cmあります。

体重60㎏身長160㎝くらいの人で計算しますと…

姿勢変化による背筋収縮1

直立している時は背筋がほとんど活動しておらず、腰椎には垂直方向に頭、頚、両手、胸部の重さ約24.1kgだけがかかっています。(上図a.)
ところが45°前傾(上図b.)では頭、頚、両手、胸部を合わせた重心が髄核からの水平距離およそ19cm前方へ移動するので先程の5.4cmのアームで釣り合わそうとすれば図a.の約3.5倍の84.8kgの力を発揮する必要があります。

更に90°前傾(上図c.)では髄核から重心の水平距離およそ27cmになり図a.の5倍の120.5kgの力で棘突起を引っ張らなければなりません。

尚、ここであげた数値はアームにかかる理想的な垂直の力であって実際にはその何倍もの力がかかる可能性があります。

たとえ手に何も持っていなくても腰を曲げるだけで椎間板や背筋に大きな負荷をかけることがお分かり頂けたかと思います。

 

それではここで少しテストをしてみましょう。
以下の2つの姿勢の内、立ち上がるのに有利な姿勢はどちらでしょうか?

①足の位置を少し手前に引いてから立つ。
②両手を思い切り前に出して立つ。

立ち上がり

答えは…

 

どちらでもありません。というより問題の定義自体が間違っているのです。ごめんなさい。

それでは2つの姿勢を比較して、今度は腰だけではなく股関節、膝関節にかかる力の増減を考えてみましょう。難しい計算は無しです。
ただ、どちらの方が立つために大きな負荷がかかるか?だけを考えて下さい。

ではまず腰から比較してみましょう。

立ち上がり腰

これはもう先程予習済みですから分かりますね。
図で表した赤着色部分は腰の屈曲支点より前方に位置していて、腰を曲げて体を起こすのを邪魔する要素です。②の姿勢では支点より後ろに位置する青着色部分(腰を反らせ体を起こすための要素)よりも赤着色部分がやや多く、明らかに支点からの距離が長いことが分かります。

つまり、腰では②の方が立つための負荷が大きいということですね。

次に支点を股関節に移しましょう。

立ち上がり股

 ①と②では股関節の前方に位置している要素はあまり変わらないように見えますが、支点からの水平距離が明らかに②の方が長いようです。

つうまり股関節でも②の方が立つための負荷を大きいようです。

それでは膝はどうでしょう?

立ち上がり膝

今度は先程までとは逆で、膝関節よりも後ろにある重量(図青着色)部分が膝を伸ばす(立つ)のを妨げる要素になります。

②では比較的前方と後方の要素は均衡を保っているように見えますが、①ではほぼ後方(膝屈曲)の要素しかありません。
つまり膝では①の方が立つための負荷が大きいことが分かります。

まとめると、①の立ち方は膝の伸筋(主に大腿四頭筋)に負荷が集中しやすく、股関節伸筋や背筋群が弱い人には有利。ところが、膝を伸ばす力が少ない人にとっては非常に困難な立ち方だと言えます。

また、こういう言い方もできます。②の立ち方は上肢、背筋、股関節伸筋の力を使って膝伸筋の弱さを補うことができる。

 

さて、次回の「ボディメカニクスの基礎知識<5>」では、テコとベクトル(力の方向)という考え方を介護にどう応用するか?について少し考えていくことにしましょう。

 

~追記~

少し宣伝になりますが、私の創った「体正操法taiseisouhou」の中にはこのような姿勢変化による各関節への負荷の変動を利用して、弱った筋や関節を自動的に検知してバランスを整えるものが沢山あります。
本ではここで解説しているような詳しい理論はほとんど書かれていませんが、どういう原理なのか考えながらやってみるのも面白いでしょう。

話を元に戻しましょう。

「ボディメカニクス」とは8原則などの単なるセオリーを指すのではなく、「身体の上手な使い方」を学び修得することを目的としています。

支点やテコのアーム、姿勢による質量配分の変化、負荷の方向変化や増減などの機能や力学だけでなく、行動結果の予測やバランスと安全確保など、人と周囲の関係を総合的に考える学問なのです。

 

ボディメカニクスを応用すれば色々なことができます。
しかし、それをある程度理解し応用できるようになるには、なるべく多くの事例に触れて深く考える時間が必要でしょう。

今後は介護だけではなく色々なテーマを取り上げ、ボディメカニクス的思考を鍛えるお手伝いができればと考えています。